こんにちは!
今月のエッセイは「鶯谷」についてのお話です。
色々な地名の由来を調べていると、
実は通称で呼ばれている地名の方が、
端的にその地域を表現していることが多く、
正式な住所として使われなくなり何年何十年経過しても、
そこに住まう人々に親しみを持って使われていることが多いものです。
行政上は「鶯谷」という地名は存在しませんが、
JR山手線・京浜東北線の「鶯谷駅」を中心とした地域を通称で
「鶯谷」と呼んでいます。
江戸時代に寛永寺の住職として
京都より公弁法親王(こうべんほっしんのう)が関東に下向してきます。
寛永寺の住職は代々皇族の方が勤めています。
上野の森の鶯は、鳴き初めが遅く鳴き声も美しくないということから、
公弁法親王は、陶芸家の尾形乾山に命じて
美声で、はや鳴きの鶯を京都より3500羽も取り寄せ付近に放鳥させます。
このため江戸の町で、最も早くから鶯が鳴くようになり、
「初音の里」として一躍名所となります。
谷中や根岸は、
昔 森あり谷あり小川ありでかなり風光明媚なところでしたので、
その風景と釣り合う美しい鶯の鳴き声をどこよりも早く聞けるという
風流を求めた公弁法親王のこだわりは、
なんでも初物好きな江戸庶民から、大いに受けたに違いありません。
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